荒ぶる女子の実習日誌

不登校になった自閉症スペクトラム持ちの実習助手の日常を綴ります。クラシック音楽と写真が好き。カフェ巡りとか小説とかエッセイやってます。ちなみに創価学会員です。

私の活動体験vol.17 小さな、静かな一歩前進

こんばんは。コロナの自粛の影響で、学会活動が大幅に自粛になり、一切の座談会、唱題会、研修、家庭懇談会が無くなって5ヶ月。正直しんどかった。内得信仰なので家に仏壇はないし、好きなときにお題目やれるわけでもない。ある意味、活動停止に近い状態で他にも外出できる場所もそんなになく、半分コロナうつになっていた。周りの人たちとも会えないので、話をできる人もなく独りで耐えるしかなかった。

それが、どれだけきつかったか。特に学会の人たちは私を無条件で受け入れてくださった方々が多いので、そういった自分の味方、仲間が目の前からいなくなるというのは本当に心細かった。その合間に母親のヒステリー、できることの大きな制限、外に出たくても出られないつらさがうつになって私を取り巻いた。

正直、今の私に復帰プログラムはまだ早いような気がする。うつが収まったという感触がまだそんなにしないから。一応、復帰プログラムに向けて動きはしてるけど、私は近いうちに開始の延期を求めるかもしれない。

そんな後ろ向きな気持ちでいた中で迎えた、今日の池田先生会長就任60周年記念上映会。

多分これは、本当だったら今年のゴールデンウィークに観るものだったかもしれない。でも、コロナが私から学会に関して鼓舞してくれるものをすべて奪っていった。まるで私に「回復してもらっては困る」とでも言いたげな感じがした。もちろん、自分のことは自分で鼓舞しなきゃいけないんだけど。それにだって限りがある。

だから、新たな励ましをもらいに会館へ行った。

今回行ったのは一人暮らし先の地区が属する会館で、訪れるのはそれこそ新年勤行会のとき以来かもしれない。半年は行ってなかった。

私にとってはまだ馴染みの薄いところだったので、「久しぶり」というよりリセットされたような状態だった。

会場に入るまでに3回は手を消毒された。私は肌が弱いので、あんまり消毒されると手が荒れないか心配になりそうだった。

上映会の会場は、椅子同士が大体畳一畳くらいの感覚で離れていて、私語も慎むようなところだった。

もちろんマスクは絶対着用。とにかく抜けのないようにコロナ対策がされていた。それくらい、学会というのは世間から叩かれたら後生に残らないくらい叩かれるところなんだなと思った。

上映会の始めに原田会長が話していたが、御書の「さきざきの用心」は、昔の話じゃなくて、今も言えることだと知った。仏教は、日本史の関係からどうしても昔の話だと思っていたけど、この御書は現代にもきちんとつながっている…というか、もともと人はそうやって生きていくものだと、人の生き方の基礎のようなものを感じた。

そして本編。正直言って感動した。何というか、死がふたりを分けたその後も、あれまで師を思う弟子はいないだろうし、戸田先生は池田先生に、自身の命をすべて譲り渡すような教育をしていたんだなという気迫が感じられた。

「戸田先生の残したことを絶対に自分がやりきっていこう」その決意は、並大抵のものではなかったと思う。でも、それを60年もやってこれたということは、戸田先生はそれだけ池田先生に深く愛情を注いでいたし、池田先生には誰よりも色んなことを教えたり話したりしていたんだなと思う。じゃなきゃ、亡くなったあともこんなに人のことを覚えてなんていないし、文や話で語り継ごうなんて思わない。

そんな深く強い師弟の絆を私は感じ取った。

今回の上映会で流れたシーンは、新・人間革命の1巻とかわりと最初の方に出てきたものもあったので、まだ新・人間革命を全巻読み切っていない、入会2年目の私でも分かるところが多かった。

会長就任式での池田先生の声は、これまで私が聴いたことのない池田先生だった。

普段の指導や同時中継で聴く、柔らかでみんなを包むような声ではなく、覚悟を決め命をなげうつと決めた若い青年の声だった。違いすぎていて最初はびっくりしたものの、どこか心に響く声だった。

そして、執務室に掲示してあった和歌が、私の不安とバッシングでズタズタになった心を光らせた。

「これもまた自分の運命だと思えば何も怖くない。何も恐れない」起こることすべてに意味がある、と私に教えてくれた学会。「これもまた自分の運命」そうか、こうなる予定だったのか、必ず意味があるのか、その言葉は私に前を向かせてくれた。これまで活動なんてとてもじゃないけどできないと思っていたけど、その上映会を見てから、また地区の女子部の方や折伏の親とLINEで話すことができた。

ソーシャルディスタンスと時間制限で話はできなかったけど、自分のことを覚えていてくれた人たちがいた。

できることから、また学会活動をやっていこうと思う。それが私と折伏の親をつなぐ絆だから。

そして、今回の上映を見て、私はますます戸田先生が好きになった。(もともと私は池田先生より戸田先生のほうが好き←)命がけで池田先生に後生のことを託し、色々な物を池田先生に渡すと同時に自分の心も渡していたその情熱。そして、池田先生と一緒にいるとすごく楽しそうな戸田先生を見て、私はある人のことを思い出した。その人のことは個人情報保護のため詳しくは書かないが、パワハラされまくった私が初めて同じ職場で仲間だと思った人だ。その人と戸田先生がとても似ていた。厳しかったところも何か似ていた。そんなに笑う人ではなかったけど。

戸田先生はもう60年も前に亡くなっていて、私が戸田先生に会うことはできない。だけど、同じ教員として、どこかで私のことも見守ってくださっているかもしれないと思うと、とても温かい気持ちになる。戸田先生が池田先生に引き渡したその思いをもっと知りたいし、いつか戸田先生にあの世で会ったとき、「頑張ったな!」と笑ってもらえるように、今を生き抜いていきたい。今度は、信心と学会と一緒に。


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