荒ぶる女子の実習日誌

不登校になった自閉症スペクトラム持ちの実習助手の日常を綴ります。クラシック音楽と写真が好き。カフェ巡りとか小説とかエッセイやってます。ちなみに創価学会員です。

不登校の日常vol.77 甘い言葉にご用心!

こんにちは(゚∀゚)

気がつけば早いもので、もう3月も終わりですね…。私が住んでいる家の近くの桜も、満開が近いような気がします。

さて、今回のお話は、ちょっとした連載記事にしようと思います。

というのは、前回の復帰プログラムについて管理職と一悶着やった時から、何かと良くないことが立て続けに起こったからです。

 

(↓↓↓復帰プログラムを渋られた話はこちら↓↓↓)


不登校の日常vol.76 見破る眼を開け - 荒ぶる女子の実習日誌

 

それは、仕事の話だったり、制度の落とし穴だったり、友人に関することだったりします。

色々な人が私の周りで魔として襲いかかり、今もその疲労で精神的に疲れてしまっています。

幸い、内分泌内科で処方してもらっている漢方薬や、精神科で処方してもらっている頓服薬があるので、大事には至らないと思いますが…。

 

それではまず最初のお話。今回は、復帰プログラムをめぐった魔との闘争を、どうぞ!(゜∀。)

 

内分泌内科というセカンドオピニオンで、私の体調は、精神科のみに掛かっていたときよりは良くなっていました。

そして、管理職の側も、復帰プログラムに関しては前向きに取り組む姿勢を見せていました。

しかし、私の学科がいつまでも欠員を出してしまってはメンツが立たないという管理職の考えから、学校は、昨年秋ぐらいより、臨時採用の助手さんを雇うことになっていたのです。

私もその話は聞いていたし、代理の方には本当に感謝していました。

さらに、その代理の方は、私が正式復帰したらすぐに席を降りる、と仰ってくださっていたそうです。

 

それが、前回管理職と復帰プログラムを再開するか否か揉めた時に、管理職が言ったのが、「今の臨時採用の人を押しのけてでも途中で復帰したいのか!?」ということ。

そりゃあしたいわよ、何て言ったってこっちは生活がかかってるんだから。

(ちなみに臨時採用の助手さんは普通の主婦だったそうです)

ただでさえ毒親と距離を取らなければならないのに、1人で生活できずに実家に戻ることは、私にとって自殺行為ともとれる行為です。

それに、考えて欲しい。病気休職じゃなくても、例えば産休、育休、介護休暇と、休職の種類はたくさんある。その人たちが、やっと復帰の目処が着いたと思って「復帰したい」と言った時も、管理職は同じ言葉を投げるのか?

さらに、管理職というのは、人を管理するのが仕事でもある。そういった、途中から復帰してきた人たちと、これまで在籍していた職員が、お互い気持ちよく働けるようにフォローするのが管理職の仕事ではないのだろうか?

 

田舎で、都会の学校より生徒数が少ないため、モンスターペアレントや重大な生徒指導が発生しづらく、職員の異動もほとんどないため教員間のトラブルが無い分、管理職は、「平和」な環境に酔いしれていたのです。

でも、実際の現場は、田舎だろうが平和とは程遠いものでした。

しかし、それをどんなに管理職に訴えても、現場の人は、やり方が分からないからなのか、やることが面倒だからなのか、改善へと動く気配はありませんでした。その結果が今の私です。

それなのに、管理職は一方的な思い込みや、おかしな言いがかりで私を悪人に仕立てあげ、「今後のことについて、私の両親と話がしたい」と、学校に両親を呼び出すように言ったのです。

もちろん、復帰プログラムは、県の規定で「家族や配偶者の同意が必要」とされています。

が、最も重要なのは、「復帰プログラムは休職している職員の希望により実施される」のです。

さらに、復帰プログラムは個々に合わせたペースで行うことが大前提なので、平和ボケした管理職が面倒くさがるのも見えています。

そこで、こんなに「反抗」する私の両親がどんなふうなのか、ツラ見せろというのが管理職の考えでした。

また、日本の古い教育体制、「家庭の問題は家庭でしか解決できない」という、毒親量産に加担するような考えも悪さをしていました。

しかし、私の親は、程度はともあれ毒親です。未だに私の精神疾患発達障害を理解しようという気がなく、「精神科にかかることは自分はダメな人間だと烙印を押したようなものだ」と誹謗中傷してくる親です。

そして、ものの考えに関しても閉鎖的かつ事なかれ主義なので、うわべでは子どもの味方をしているように見えても実際は子どもにとっては大敵なのです。

そんな親と学校が手を組むなんてことになったら…。

私にとって正直しんどい話でした。

でも、後日両親は学校に赴き、管理職と話をしました。そして出た結論が…。

「一人暮らしをして倒れたんだから、実家から職場に通いなさい」という、私にとって死を意味するようなものでした。

無理解な両親の誹謗中傷にさらされ、体が思うように動かないのに家事を強いられ、コロナ禍と金欠で、出かけられることはありません。

そんな中で病は治るわけが無いし、私は昨年実家で4回オーバードーズをやっています。

(↓↓↓オーバードーズのお話はこちら↓↓↓)


不登校の日常vol.53 本当にあった自殺の怖い話 - 荒ぶる女子の実習日誌

 

 

そのことを話し、私は実家に帰るのを拒否しました。

1番安全でかつ必要なのは、親と物理的な距離を置くことだと主治医にも言われています。

 

さらに、私も独自で闘うことにしました。

管理職から渡された復帰プログラムの規定すべてに目を通し、重要な箇所、必要な箇所はピックアップしてメモに書き込みました。それから、県の教育委員会に電話して、今の学校の管理職に復帰プログラムを渋られたこと、復帰プログラムの規定について気になることなどを質問したのです。

校長、教頭は、学校の中ではかなり偉い立ち位置にいますが、教育委員会や県職員のグレードから見れば、実はそんなに大した立ち位置ではありません。上には上がいます。

さらに、県の発達障害者支援センターに連絡して、どうやって今後復帰プログラムを進めていけばいいのか、第三者目線でのアドバイスをお願いしました。これは現在進行中です。

 

前回の復帰プログラムで、何が一番いけなかったかというと、それは、管理職が以前、別の職場で発達障害を持った職員の対応や、休職した職員の復帰プログラムを経験していたから大丈夫、という慢心と、私もそれに甘えてしまったことです。

発達障害や休職した理由、病状は個々人でまったく異なります。だから、過去に成功していても、同じことをすれば大丈夫という保証は無いのです。

常に眼前の人の話に耳を傾け、その人自身に合ったものを模索する。これは、学会が行ってきた行動であり、かつ教育部がずっと大事にしているものです。

そして、実はこの私の闘争も、影で教育部の先輩方が、専門的なところからアドバイスをしてくださったからこそ、冷静にかつ正しく闘えたのです。

最初に、管理職から復帰プログラムを渋られ、訳の分からない言いがかりをつけられた時、私の親にその事を言うと、親は「私が悪い」と私を責めました。(毒親あるあるだよね)

しかし、電話で号泣する私に、教育部の先輩は言いました。

「牧口先生も、戸田先生も、正しいことを言ったから牢屋に入れられたんでしょ?池田先生もそうじゃない?」

その言葉にハッとさせられました。

創価学会創立者牧口常三郎先生と戸田城聖先生は、第二次世界大戦の最中、軍部政府が動員強化のために、日本の宗教をすべて国家神道に改宗しようとするのに断固反対し、軍部権力と敢然と対峙した結果、治安維持法違反・不敬罪という、いじめにも似た法律で投獄されたのです。

池田先生も、大阪事件で事実無根の罪を着せられて投獄されました。

そのことが蘇りました。

「正しいことをやっている人は、悪い人に必ず批判されたりいじめられたりする」という、日本の悪しき文化や御書の内容を思い出しました。

さらに、法華経の行者をいじめる者は、必ず罰が当たるのよ」という励まし。これは、学会の歴史が長きにわたって証明していますし、私も実際目にしたことがあります。

その罰は、あまりにも恐ろしく、あまりにも大きいものでした。「いじめを娑婆世界で裁く事は難しいけど、仏の世界では必ず厳然と裁かれる」ということを教えられたできごとでした。

さらに、言いがかりをつけられたことを教育部のオンライン座談会で話すと、先輩が大笑い。

「そんなのウソや~( ゚∀゚)ウァハハ八八ノヽノヽノヽノ \」と一蹴してくれたのです。

そういった影の励ましがあったからこそ、正しく戦うことができました。

そして、その因果か分かりませんが、何と今月を以て、復帰プログラムを渋っていた管理職がダブルスで異動になったのです!!

しかも、それぞれが激務中の激務な職場へ異動。今までの平和ボケはもうできない(かもしれない)でしょう。

そのことによって、私も実家へ帰る話が、一旦ストップしたのです。

さらに、ずっと支給されないと気を揉んでいた傷病手当金も、ようやく支給されるようになり、少しずつ生活面でも改善が見込める可能性が出てきました。

 

復帰プログラムや職場復帰に向けて、周囲のフォロー、サポートが必要なのは、確かにその通りです。

しかし、復帰プログラムを受け、職場に帰るのは誰でもない私自身です。

私にも、復帰に向けて動かねばならないところがあったし、知っておかなければならない制度や規定がありました。

病気で体が動かない、職場でつらい思いをして、仕事のことを思い出したくない。そう思う事もたくさんあります。

しかし、今の日本は精神疾患発達障害に関してまだまだ無理解が酷く、病人自らが動かなければならないのが現状です。でも、しんどいから、と動くのを渋っていては、何も変えられません。

大切なのは、「自分で今後、どうやっていきたいか」「今の自分にできることは何か」を常に考え続けることだと思います。それを放棄し、ただ休職という身分に甘え、次をどうやって生きるか考えるのをやめた時、人は破滅への道を辿るのだと思いました。

病気になった、発達障害の診断を受けた、じゃあ今後どうするか?

周囲の意見より、大切なのは自分がどうしたいかです。

不登校の日常vol.76 見破る眼を開け

例え学会員だからといっても、急な不具合が生じたらすぐに「魔が来た」と思ってしまうのは、あまりいけないことです。

でも、今回の件は、マジで魔が大きく競い起こっているとしか思えない。

法華経の眼で見れば、私がまた入ろうとしている世界は、私が復帰して教育現場に貢献するのをめちゃくちゃ嫌がってor恐れているに違いないのです。

というのは、まず、復帰プログラムの再開を渋る管理職。彼がまざまざと魔の姿を見せてくれました。

 

今年の2月中旬、私は休職の延長申請をするために管理職と面談することになっていました。

でも、当日になって「学校に行きたくない、嫌だ」と体が学校に行くことを拒否して、面談に行くことができなかったのです。もちろん管理職にはそのことを報告しましたが、その報告を面談の時間より後にしてしまったので、これが私にとっていけないところでした。

時間にルーズになってしまっていたのが、今回のトラブルを引き起こしてしまったのだと思います。

面談に行けない、と自分で察した時点で、すぐに連絡しなければいけませんでした

 

そして、そのミスにつけ込みつつ、さらには私に関して県から寄せられた出処の分からない苦情も加担して、管理職は私の復帰プログラム再開を渋りだしました

その、出処の分からない苦情というのが、「私が街中で遊び回っている。いつも同じ男の人と一緒にいる、という目撃情報が多数上がっている」というものでした。

確かに、普通に働いている人からしてみれば、病気休職中の私が、平日に街中を歩いていれば「遊んでいる、ふざけんな」と見られるのかもしれません

しかし、精神疾患を持つ人にとって、日の光を浴びて日中活動できるように街中を歩くことは、ある程度必要なことです。

あと、「いつも同じ男の人と一緒にいる」というのは、(おそらく)彼氏のことであって、そんなプライベートなことを県に苦情つけるのはいささか変な気がします。

「病気休職中の私が、平日に街中をほっつき歩いているという目撃情報が、県に多数寄せられた」のなら、私ひとりが「申し訳ありませんでした、自宅での療養に専念致します」と言えば良いのです。

それを、「いつも同じ男の人」と、赤の他人まで巻き込んで苦情をつけているのは、その人にとっても迷惑な気がします。

「目撃情報」を言ったのは誰なのか、そもそも「目撃情報」を言ったのは1人なのか、はたまた複数の人がバラバラに言ったのか。真相は分かりませんが、苦情をつけるなら私1人につければいいのです。

それをなぜ、他の人まで巻き込むのか。そこに、相手の卑怯なところが見えます。さらに、その人のことに関していえば、私の外見を事細かに覚えていて、私の今の事情も知っていて、かつその人もかなり広範囲をほっつき歩いているということになります。

しかし、私はそんな毎日街中に出ている訳ではないので、よほど目と記憶力が良いか、その人自身がずっと街中に居なければ、目撃する確率は低いでしょう。

と考えると、相手は、私に何らかの嫉妬やマイナスなイメージを持っているのだと思います。

「いつも同じ男の人と一緒にいる」というところから、それは感じられます。

ともあれ、そういうミスや、よく分からない噂話、また、私の代わりの臨時採用の助手さんが見つかったことから、管理職は私の復帰プログラムの再開を阻止し、あわよくば私を退職させようと目論んでいるのだと思います。

 

その後ろには、私が復帰することによって今後成し遂げられていく、数々の救済のドラマが彩られていくことを恐れる魔の姿と、発達障害抑うつ状態、適応障害に関する正しい知識を持ち合わせていない、持とうとせずに逃げようとし、自分の考えだけで復帰プログラムを推し進めた結果、失敗に終わってしまったことについて、ミスの原因をすべて私に押し付けようとする管理職の弱い心が見えました。

実際、私は復帰プログラムを始める前、周りの職員の声が聴覚過敏を誘発させるから、と言って、ノイズキャンセリングイヤホンの使用許可を直接管理職に取りました。(実物も見せました)


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その時の管理職は、「どうぞ使ってください(^ ^)」とすぐに快諾してくださいました。

しかしそのことが、何と…。

「教員は生徒の声や周りの声が聞けないと務まらないのに、ヘッドホンをするとはどういうことだ」

ヘッドホン?

私が話したのは、ノイズキャンセリングイヤホンですよ?(;´∀`)

何か、管理職の中で記憶がねじ曲がっていたのです。そして、畳み掛けるように、さっき書いた「校長面談に来られなかった」ことを武器に、復帰プログラムを再開することを渋り出したのです。

 

↓↓↓当時の復帰プログラムのことについての詳細はこちら↓↓↓

https://rinkablog.hatenablog.com/entry/2020/08/17/%E4%B8%8D%E7%99%BB%E6%A0%A1%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%B8%B8vol.68_%E6%89%93%E3%81%A1%E5%88%87%E3%82%8A%E3%81%AF%E7%AA%81%E7%84%B6%E3%81%AB

 

https://rinkablog.hatenablog.com/entry/2020/09/18/%E4%B8%8D%E7%99%BB%E6%A0%A1%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%B8%B8vol.69_%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%82%8A%E3%81%AA

 

起こったミスをどうやって解決していくか、2度と起こらないようにどう改善していくか。

その対応から逃げるための白々しい嘘や言い訳を、最もらしい正論に飾り立てて並べ、ちょっとの噂話を針小棒大にして相手の周りから囲っていく。これは、今まで私が受けたいじめやパワハラの手口と同じです。

この、くだらない言い訳や噂に対して、私は正面から戦いを挑むことにしました。

なぜなら、この魔の受け方は、学会の「大阪事件」「宗門事件」と似たところがある気がするのです。

しかし、学会は、すべての事件において勝ってきました。全ての魔を見破り、嘘を炙り出し、1歩も引き下がらなかったのです。

さらに、教育部の先輩の話によれば、今は時代の流れの転換期にあります。「長いものに巻かれろ」という風習が破られ、青年たちが躍動する時代へと変わりつつあります。

学会も、創立100周年へ向けての総仕上げへの10年に入りました。その総仕上げや次の世界を作って行く青年たちへ、今、魔が強く起こっているのだそうです。ともすれば、その地涌の陣列に、私も入っているのです。

だから、これだけ大きな魔が競い起こっている。たったのそれだけです。

また、管理職の言い分も、単に「自分の失敗を認めたくない」という弱いワガママな気持ちに負けているだけの、とてもシンプルなものだと思います。

私がしでかしたミスはしっかりと管理職に謝罪しつつ、いまだ競い起こる障魔に、まっすぐに戦っていこうと思います。

不登校の日常vol.75 とりあえず生きてます

こんにちは(=^^=)

かれこれ3ヶ月は放置していましたが、またここから更新です。

橋本病の診断が出てから、抑うつ甲状腺機能の治療、要は内科的な治療を始めて、おかげさまで体調は回復傾向にあります。

御書にある「一眼の亀」のように自分に合った薬を見つけることは至難の業でしたが、奇跡的に具合が良くなる薬が見つかり、あとは自分で体調を管理しながら、日常生活を普通に送れるようになるだけというところまで来ています。

まあ、具合が良くなる薬って、どこにでも売ってる漢方だったんだけど笑

 

しかし、体調が良くなりつつある私に、魔は容赦なく競い起こって来ています。

それは、まさかの管理職が復帰プログラム再開を渋る(|| ゚Д゚)

これまで、復帰プログラム再開について積極的だった管理職が、急に反旗をひるがえし、復帰プログラムをやることを渋り、私を退職させようと目論んでいるのです。(私は正規職員&まだ休職期間なので強制的に解雇はできない)

さあその魔に関してどうやって戦いを挑み、戦っていくか。それが今の私の課題です。

今後の更新に乞うご期待!

 

 

不登校の日常vol.74 ついに出た!諸悪の根源

こんにちはヽ(^0^)ノ

すっかり寒くなりましたね…。今日は一人暮らし先でも雪が降っていました。

東濃で冬を過ごすのは初めてなので、毎日が未知数すぎて寒さ対策が目まぐるしく変わるのはキツい笑

皆さんお変わりないでしょうか?

 

さて、今回は前回の恐怖の婦人科初診から先のお話です。

(↓↓↓前回のお話はこちらから↓↓↓)


不登校の日常vol.73 独女が婦人科に行ってみた - 荒ぶる女子の実習日誌

前回は内診で阿鼻叫喚した結井氏ですが、それから1週間後、検査結果がどうなったかというと…?

 

基本的には異常はありませんでした(゜∀。)

子宮がんとか、婦人系統の病気、ホルモンの異常は無かった。しかし…。

 

1個だけ数値引っかかった。甲状腺の数値が異常出てるね( ̄・ω・ ̄) byドクター

 

何と、甲状腺の数値が、3項目あるうちの1つ、THSという甲状腺機能の度合いを測る数値が基準値の2倍を超えていたのです( ゚Д゚) ス、スゲー!


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そして、婦人科ドクター曰く、

 

甲状腺機能に異常があるかもしれんから、近くの内分泌内科に紹介状書くわ(^-^)

 

偶然その婦人科の近くに内分泌内科があったので、後日、その病院へサードオピニオンとして診察にかかることになりました。

またまた、27歳にしてはじめての内分泌内科受診。

しかもその日は精神科のいつもの通院もあったので、1日かけて病院巡りをしていました(´д⊂)

若い女子が、エステや脱毛サロン、ネイルサロン、まつエクに1日かけて行くように、私は病院を2個もハシゴ…。

何か自分がおばあちゃんにでもなったかのような気がしました。

ってかさ~20代後半ってもうババアだよな〜(_´Д`)20代前半は、焼肉食べ放題やらスイーツ食べ放題、チューハイを調子に乗ってウェイウェイ≡┗( ^o^)┛≡┏( ^o^)┓≡┗( ^o^)┛やってもそんなにお腹壊さなかったし、徹夜で大学の課題やっても回復は早かった。

しかし20代後半になると、脂っこいものは食べられなくなり、生クリームたっぷりのケーキで胸焼けし、アルコールは量より質。今は抗うつ剤飲んでるので飲みませんが、チューハイより果実酒や梅酒のロックが美味いのよ。しかも少量。徹夜は無理。翌日の仕事の事考えると、寝なきゃセンサーが発動&仕事で予想外に疲れて、土日は廃人のように寝腐る日々!婚活も気になるけど、それよりキツイのは自分の体の不調!友達と集まれば、20代前半は卑猥な話やアホなネットスラングの話、学校のウザイ教授の話で盛り上がっていたのに、まず顔を合わせれば自分の不調の話、病気の話、薬の話。おすすめの診療科目の話や検査の話に花が咲き、次に出るのは職場の愚痴。旅行の話。婚活なんてやってるようでやってないジジババですわ(;´Д`A

(ちなみにこの話は本当で、今年の10月に大学時代の友達4人で集まったらこうなった)

 

ちなみに甲状腺機能の異常はちゃんと精神科主治医に報告しました(←これ大事

自分のかかりつけ医にセカンド・オピニオン、サードオピニオンの結果はしっかり報告しましょう。そうすると、大元の治療が変わる可能性もあるので。ちなみに結井氏はセカンド・オピニオンの結果を報告した時、

「あーはい、確かに甲状腺機能に異常があって抑うつ状態になって、うつ病?って精神科にかかりに来る人もいますからねえ…」「結井さん、じゃあ内分泌内科、気をつけて行ってきて下さいm(_ _)m」

意外と普通だった笑

主治医塩対応スギィ(_´Д`)

 

前回の婦人科は内診で阿鼻叫喚だったため、今回の内分泌内科ではどんな検査をするのか…。いささか不安ではありましたが、紹介状とこれまでの体の不調をメモした手帳を(←これ病院行く時めっちゃ大事!!病院だと緊張して自分の症状を限られた時間内で伝えきれないから、事前にメモした紙持って行って、お医者さんに見せるとお互い分かりやすい!)持って、病院へ行きました。

 

内分泌内科で受けたのは、ドクターの問診と甲状腺エコーと採血でした。

最初に、今までの症状を全てドクターに話し、見せるものは見せ、それから検査。

甲状腺エコーは、首に超音波の器械を当てて、甲状腺の状態を見るものです。

首にジェルを塗って器械を当てられるので、若干の違和感を感じますが、苦痛は全くありませんでした!(=^^=)

そして超音波検査を始めてしばらくすると…

「あ〜、橋本病の兆候が見られるね〜(゚∀゚)」


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橋本病?!何だそれ橋本病って?!Σ(゚ロ゚;)

 

説明しよう!!

橋本病とは甲状腺疾患のひとつで、何らかの原因によって甲状腺機能が低下し、それによって体のあらゆるところに不調が出たり、抑うつ状態になったりする病気なのである!

ちなみに、随分前に有名アーティストの絢香パセドウ病になったって報道がありましたが、パセドウ病は何らかの原因によって甲状腺機能が働きすぎて、自分で自分の体を攻撃してしまう病気です。橋本病はその逆です。

病院でもらったパンフ載せとくから、気になる人は見といてね。


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ちなみに、40代とか50代の女性に多いらしいけど、私のような20代や高校生がなることもあるので、若い女の子も気をつけて欲しい。

とにかく死ぬほど寝ても疲れが取れない、いつもだるさが抜けない、抗うつ剤飲んでもうつが治らない、風邪でもないのに喉に違和感がある、声が出しにくい、体がほてりすぎて眠れないその割に冷え性、打ち身や引っ掻いた痕が何ヶ月たっても消えない、頻尿etc…。こいつらは私の橋本病の症状でもあるんだけど、同じような症状がある人はぜひ内分泌内科へ行ってみて欲しいです。

ちなみに採血の結果はこんな感じだった。
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橋本病の厄介なところは、甲状腺の数値がほとんど正常なのに具合が悪いと感じるところ。

しかし、具合が悪いようなら、打つ手立てはきちんとあります。

それは、薬物療法チラーヂンというホルモン剤を1日1回飲むだけです。

あと、私には皮膚や喉にアレルギーの可能性もあったので、かゆみ止めのお薬と塗り薬をもらいました。

そうして今、どうなったか。

 

日によってバラつきはありますが、チラーヂン効果は絶大!!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルルルル

前より体が動きやすくなって、元気も出てきました。

夜中もかゆみや頻尿に起こされることが減り、不眠も徐々に治ってきています。

しばらく投薬し続けるため、内分泌内科は月イチの通院になりそうです。

まあまだ、「学校で働きたい!」という気持ちはそんなに湧いてこないけど、来年には復帰したいという気持ちは復活してきました。

自閉症スペクトラムと橋本病。この2つが私をずっと苦しめていた諸悪の根源でした。

橋本病は体質的なものらしいので、最小限に抑えるという付き合いをしていかねばならないそうです。

結井氏の場合はかなり軽いので、そのうち薬を飲まなくても大丈夫なんじゃないか説が出ていますが笑

今後も、精神科と内分泌内科にて通院しながら、体調の回復に勤めていこうと思います(*´罒`*)

 

「あれ?何か最近おかしいな」と思ったら、それは正しい体からのサインです。

違和感があったら、まずはかかりつけ医かお近くの内科まで!

 

 

 

 

 

 

 

 

不登校の日常vol.73 独女が婦人科に行ってみた

こんにちは!

日中に更新するのは久しぶりだと思います。

というのも、日中起きてても暇なだけなので、ついつい寝まくってしまう( ´△`)

しかもお金も無いとなれば、一番お金を使わない娯楽とは、寝ること。なので←

本当は、日中はダラダラ過ごしていても起きてなきゃいけないんですけどね…。体内時計が狂うので。

 

さて、今回のレポートは、婦人科に診察に行ってみたことです。

独身の女が婦人科にかかった、というと、妊娠したのか、とか色々悪いことを想像しがちかと思いますが、そういうわけで行ったのではないです。

今かかっている精神科の主治医の指示で、セカンドオピニオンとして行ってきた、それだけです。

 

というのも、私は今年の5月くらいから不眠がひどく、なかなか体調も良くありませんでした。寝ようとしても、体がひどくほてって、その熱で眠れない(風邪とかではない)、眠剤を飲んでも目が冴えてしまう。寝たとしても1時間おきに目が覚める、頻尿、動悸、息切れ、と書くと更年期?と思うかもしれないけど、私はまだ20代後半なので、更年期ではない…(と思いたい)

 

その不調が一向に治らないこと、ちょっと強い薬を使えば一日中眠ってしまうことから、主治医はホルモンバランスの異常が見られるかも、と考えたのです。

それで、産婦人科に行くように、とアドバイスをもらい、治療を進めるために婦人科に行ったのです。

 

ちなみに、結井が行ったのは、東濃の中でもわりと大きい産婦人科で、思春期外来や更年期外来、不妊治療もやっているところでした。

なので、甲状腺とかホルモンの検査とか、検査に関しては色々やってもらえる、んだけど…。

 

独身の女が1人で行くにはきつすぎた( ;´Д`)

 

えーっとですね、婦人科の恐怖の代名詞、内診。あれを、「婦人科にかかるのが初めてだから」という理由で、受けさせられました。゚(゚´Д`゚)゚。

まあ年齢的に、子宮がん検査を受けた方がいい年頃だったので、ちょうど良かったといえば良かったのだけど…。

 

下半身を(もちろん布の仕切りはあって見えないようになってた)お医者さんと看護師さんにおっ広げて子宮を覗かれるってね、羞恥と苦痛の塊。

まっっっじで痛かった。(←個人差はあると思うけど)

悲鳴上げまくりました。親知らずの手術でも悲鳴上げなかったのに。

男性諸君は多分耐えられないんじゃないかな。

 

でも、看護師さんが、「力抜いて〜!深呼吸した方が痛くないよ〜!(^^)」って仕切り越しに励ましてくださってまじで神。

というか産婦人科の看護師さんってみんな優しいのね…。行って初めて分かりました。

あと、お医者さんも精神科の主治医同様、話しやすい人だった。ので、来週の検査結果のお話の時にも、色々詳しく教えてくれるかもしれない。

私も、あらかじめ自覚症状を手帳にメモしておいたので、抜け無く症状を話すことができました。

 

独身の女が婦人科、というと、どうしても不純な理由で行ったのか、と思われがちだし、内診が怖い、恥ずかしいから行きたくない、とためらう女性も多いと思います。

でも、婦人科って第2の内科ってくらいすごく大事なところだと思います、今回行ってみて。

最近は、婦人科の先生が女子高に健康相談で来られる時代でもあるし、保健師さんも女性に婦人科へ行くように指示を出すことがあります。(私も、実は数年前に、職場に来た保健師さんから婦人科受診を指示されていました)

だから、体の不調で婦人科に行くのは、風邪をひいたりお腹が痛くて内科にかかるくらいのテイストと同じだと思います。

なので、内科でも心療内科でも体の不調が治らない女性の皆さんは、ぜひ大きめの産婦人科にかかってみてください。

 

あと、世の男性諸君、女性には乱暴しないように。

 

追記

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婦人科にかかった後は、ご褒美としてタリーズコーヒーのティラミスミルクレープを食べました。

でも、ミルクレープと言ったらやっぱりドトールの方が美味しいかも笑

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プレーンのミルクレープじゃないと美味しくない気がする(・ω・`)

私の活動体験vol.20 描き切る、文芸部のプライド!

久しぶりに学会関連についての記事を更新します。

コロナで学会も活動自粛が続いて、なかなか活動らしい活動もできず、私の信心ははっきり言って停滞していました。でも、私は内密信仰なので、ある意味仕方ないと思えば仕方ないのですが…。

 

そんな孤独の中でも、徐々に自粛が緩和されてくると、家庭訪問が復活し、私は一人暮らし先の地区の本部婦人部長さんや女子部長さんたちの励ましを受けられるようになって、徐々に活動も意識が戻ってくるようになりました。

また、教育部のオンライン座談会オンライン研修会を通じて自分の現状を先輩たちに訴えることができるようになりました。そのオンライン座談会の時、今まであまり話せなかった女子部の方が毎回のようにDMを下さり、彼女と少しずつ友情も芽生えてきました。

そんな教育部の活動は、毎年秋にひとつの節目を迎えます。

 

「教育実践記録運動」

 

という、創価学会創立当初から教育部で続いている活動です。

そして、「教育実践記録」(←以下実践記録と書きます)とは、学会に属する教育現場で働く人達が学会の教え、御書や池田先生の指導に基づいて、この1年間、どう頑張ってきたかを記すレポートのようなものです。

教育現場で働く人なら誰でもトライできます。

教育部に属する人は、こども園や保育園の先生、習い事の先生から大学職員まで、とにかく幅が広いです。私も工業高校の機械系実習助手なので、教育部に属しているし、参加権があります。

というわけで今年も「実践記録にトライ!」となったのですが、私は最初、正直気持ちが乗らなかった。

抑うつ状態が続いていたのが最大の理由ですが、その他にも理由はあります。

実は私、実践記録へのトライが今年で2回目なのです。昨年教育部にデビューしたので、昨年初めて実践記録を書きました。ちなみにその時は、

 

大学卒業後の講師時代→折伏されていた期間→入会・現在と4年分の実践記録を書いたので、Wordで60数枚の実践記録となりました。

 

ちなみに昨年の岐阜県の実践記録で最高枚数だったらしいよ((( *´꒳`* )))←ダカラドーシタ

このことは、もともと小説とか書いてた私にとって大きな自信になりました。

 

今まで作品らしい作品を書いたことがなかったけど、私にだって文章は書ける!と。

しかし、自信満々で諸先輩方に実践記録を渡して読んでもらったところ…。

 

バッシングの大嵐(ºωº;≡;ºωº )

 

「内容が暗い」

「実践記録に関係ないことが多すぎるし、その部分が長い」

「これは実践記録ではない」

私、何のために実践記録書いたんじゃ…。

しかもその後参加した中部の実践記録活動報告会での実践記録発表が…。

いや素晴らしかったよ、素晴らしすぎて、私、何やってたんだって…(語彙力崩壊

これが完全に私の自信を壊しました。そして、諸先輩方に言いました。

 

「もう来年は実践記録なんて書きません、私には書けません…」

 

しかし、その後紆余曲折あって、馴染みの教育部の先輩が私の実践記録を読んだことにより、事態は好転したんですけどね。

その時のことをまとめると、発達障害の人は絶対、何らかの方法で自分のことを書き綴った方がいい」

 

その先輩は実は特別支援の専門で、私が自閉症スペクトラムを持っていることを知ってはいました。でも、「知っている」のは表面的なことで、私の深い内部までは見えていなかったそうなのです。

そのことを謝罪されると同時に、彼女は私の自閉症スペクトラムに関して支援・指導者になりたい、と仰り、今では私の主治医より主治医らしい存在です。

そんな先輩の励ましや、8月に実現した中部教育部長との対話によって、私は「自分の発達障害精神疾患と闘う教員」の存在を世に知らしめることの必要性を感じ、再び実践記録を書くことにしました。しかし…

 

「書く」という行動に移るまでが長かった。

抑うつ状態や集中力がないこと、文を書くアイディアが湧かないこと…。

物書きとして最大の苦しみ、「生みの苦しみ」に1ヶ月近く悩まされました。

が…ある時ふとしたことがきっかけで、とうとうアイディアがひとつにまとまりました。

そのアイディアとは…

 

「誰も置き去りにしない」

 

この言葉は、中部教育部の大きなスローガンでもあります。

私は、今回のコロナ禍で、学会との一切の関わりを寸断されました。会合はなく、座談会も何もかもが寸断され、本当の「ひとりぼっち」になりました。

これでも10代の頃は、いじめや突然の仲間外し、教員からの理不尽によってかなりの人間不信になっていて、「人間なんか大嫌いだ、誰も私と関わってくるんじゃねーよ」「人間なんてどうせ裏切る生き物で、『自分さえ良ければ』って思ってるんだろ」と、自分から独りを選んでいたんですけどねー(;´∀`)

でも、大学から自分を受け入れてくれる人が現れ始め、教育実習で学会と出会い、折伏されて入会して、たくさんの人と友達になってからのいきなりのひとりぼっちは…。

 

めっちゃしんどかった(´;Д;`)

 

そのことや、現在の日本では、精神疾患で休職を余儀なくされる先生方がたくさんいること、先生はみんな充実した過去を過ごしてきたわけではない、自身がいじめや親からの虐待、教員からのアカデミックハラスメントを受けてきた経験を持つ先生もいること、発達障害を持っている先生もいること…。

輝かしい実践記録の方が学会としても誇らしいのかもしれませんが、

誰も知らない暗闇の世界で、ひとりぼっちで闘っている先生もいる-だから、どうかそういう先生たち、それから、何よりもそういう生徒たちを置き去りにしないで、という私の心からの叫びを一気にWordに叩きつけました。

 

だいたい1〜2週間くらい?で書き上げたと思います。かなりギリギリセーフで提出したので、いつから書き始めたか正直記憶が無いのですが、書き終わった時はホッとしました。ちなみに今年は28枚でした。今年1年分しか書いてないしな(゜∀。)

書き終わったあとは、中部教育部長や教育部の先輩、岐阜県の教育部のリーダーに提出しました。

その提出したあとが最もヤリキッタ感アッタンダケドナ←

 

そうしたら、中部教育部長から新ミッションを出されました。(中部教育部全体に)

・今年1年間で自分が1番教育現場で頑張っていたと思われる写真を提出せよ

・実践記録を1000字以内にまとめ上げよ

 

実践記録は頑張れるけど、写真…、写真って何送ればいいの?!(|| ゚Д゚)

今年も不登校だったから、季節の風景写真しかノコッテネーヨm9(^Д^)プギャー

それなら、職場近くまで行って、一通りまた写真…やって…こようかな∩(´;ヮ;`)∩ンヒィ~~~~~~

 

新しく悩みが増えている結井氏でしたとさ。

 

(追記)
いや、写真といえば一応あるんだけどね!

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モリコロパークで9月くらいに撮影したのとか
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つい先週京都の銀閣寺で撮影したのとか
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でもやっぱり岐阜県で撮影しなきゃ意味ないよねー(  ・ˇ∀ˇ・)アハ八ノヽノヽノ \ / \

不登校の日常 vol.72 定かではないけれど

こんにちは!

今日は通院日だったので、いつものかかりつけのクリニックへ受診に行きました。

そうしたら、主治医にプチ怒されましてw

というのも、昼夜逆転生活を治すべく、朝お風呂に入るようにしたよ!(´∀`*)」と言ったら、

「入浴(湯船に浸かること)は夜にやらないと、入浴後体温が下がって眠くなるよ(。-_-。)」と逆に突っ込まれました(・ε・`)

朝はシャワーくらいなら良いのですが、湯船に浸かると体温は著しく上昇し、その後低下して眠くなるので、昼夜逆転が治らないのだとか。

 

あー面倒くさーい(´;Д;`)

 

そして、さらに結井氏、5月くらいから夜中に体がめっちゃほてって、そのほてりのせいで暑すぎて眠れん!という症状に悩まされておりまして…。

しかもそのほてりって一時の体温上昇じゃなくて、夜中にずっと続いてるのな。

夏でもないのに冷房入れないと眠れなかったり…いや冷房入れても眠れんかったのだけど。

それを主治医に話すと、「ホルモンバランスが崩れているかもしれないから、産婦人科にかかってみたら?

と、まさかのgo to産婦人科命令(|| ゚Д゚)

まあ、結井氏、実は過去にも職場の健康診断で、血圧が高い(←メタボとかそういうのではない)ことやその他のことからも、産業医さんから「精神科と婦人科にかかった方がいい」とは言われてたんですよ。

あと、生理の時、生理痛は言うてしんどくないのですが、眠気がやばいのと生理後の貧血がやばい。

そのため、職場の保健室の先生にはよくお世話になってました(´-` )

あと、一時期、動悸がやばかったり、ちょっと動いただけなのに疲れがすぐに取れずに、何時間も動けなくなったりした時期もあったので、ぶっちゃけホルモンか甲状腺?あたりがおかしいような気はしてたんですよ。

でも、当時かかってたメンクリの血液検査では、「甲状腺、腎機能、肝機能に異常は見られない」と言われていたので、何だかなあ、と思いつつ、婦人科受診をずっとためらってたんです。

あと…独身女性で独りで婦人科にかかるってのも何か怖くて…。

取っ掛りもなく行くってのも正直気持ちが乗らなかった。でも、とうとう今の主治医から

「婦人科に行きなさい」、と言われた以上は行かないと治療が進みませんよね。

 

親に言うと、また「あんたが暗示にかかりやすいだけだ。そんなことは誰にでもある」「あんたは人の話を真に受けやすい」「深く考えすぎだ」とか言ってくるだろうから、今回は親に言わずに行きます。

精神科にかかるとなった時もそういう一悶着があったので、もう自分で決めていきます。

親の言葉でとどまって、でも心の中はモヤモヤが溜まって、そのせいで自分の体の不調がいつまでも治らなければ、職場復帰はまず不可能になるし、明らかに「自分の体がおかしい」と不調を訴えているのに無視し続ければ、絶対いつか酷くなって返って来て、その治療の方が大変だと思うので、恥を忍んで単独で行って自分で納得できる診察結果を得た方が自分のメンタル的にもいいと思います。

第一、自分の具合が悪いのを不安に思わない人なんていないと思う…。しかも、それに関する考察を「深く考えすぎ」「人の暗示にかかってるだけ」って、いやいや、もしその結果が大病だったらどうなんでしょうね。

取り返しがつかないかもしれないし、今すぐ治療しないと危ない病気とか症状だったら、とか考えないんでしょうね。

少なくとも、そういう親の無理解が、私の精神疾患からの回復を遅らせたことは間違いありません。

 

精神疾患患者にとって、最も回復を妨げる物は、「家族の無理解」です。

風邪とか色んな病気がそうなように、精神疾患も、なりたくてなったわけじゃないんですよ。

職場、プライベート、家庭…色んなストレスを知らず知らずのうちに抱え込んじゃって、処理できなくなったのが精神疾患ですから。

ぶっちゃけ、私の今の病状も、色々調べてみたところ、どうもただの適応障害抑うつじゃない可能性が出て来ました。多分色々な面から考えてみるに、統合失調症の可能性が出てきました。そして、統合失調症はそう簡単に回復するものでは無い(うつ病もそうだとは思いますが)し、ちょっとしたストレスが原因で、これまで体調が良かったものが急に抑うつ状態に逆戻り、なんてこともよくあるのだそうで…。

特に今までの不調のメカニズムを解くと、親の無理解や急にくる過干渉で心がやられた後にオーバードーズ抑うつ状態などが出てきているので、可能性は否定できません。

何かしんどいですよね、自分たちは一生懸命育てたつもりなのに、そのせいで子どもが精神疾患になってしまった、って。

ひょっとしたら、親としては「自分の失敗を認めたくない」「自分の知らないところに子どもが行くのを嫌がっている、怖がっている」のかもしれないですが。

ともかく、長年自分を苦しめていたものを仕留めるために、まずは婦人科から行ってみようと思います。

ドクターマーケットにならないようにはしたいですけど…(;´∀`)

 

追記


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今日ちゃんと病院に行けたご褒美に、栄のラシック地下にあるパンケーキ屋さんで甘くないパンケーキを食べました(*´罒`*)サーモンとアボガドのパンケーキです。

ここのお店はスフレパンケーキ専門のお店で、ナイフで切らなくてもフォークだけで食べられるフワフワパンケーキがまじで美味しい!(↓↓↓写真のはハニーバターのパンケーキ↓↓↓)

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テイクアウトもやってるので、栄のラシック来た時はぜひ!